Jazzがムーヴメントもしくは社会現象たりえたのは、ひとえに"現場"でのアーティストと聴衆の間のインタラクティブな一体感、その"現場"で起こっていた"何か"の熱狂、あるいは大袈裟にいってしまえば"時代の共有感"という言い方で結論付けることができると思うのだけれども、その熱狂感はさらに50年代から70年代という熱狂の時代のその熱狂を重ね合わせ共鳴することで社会現象たりえたとともに錆付くことのない記憶へと昇華もしたのかとも思えてしまう。
それは言葉にならないもどかしさの中で"We are here"と呟き、"We were there"と想う、その重さに直結するんじゃないかなと。
でなきゃMassay Hall(Mingusはそのキャリアの最初に彼の名を傷つけることになってしまったわけだけども)、BlakeyのBirdlandやClub Saint Germainなどの諸作、Bill EvansのVillage Vanguard、ColtraneのVillage VanguardやTokyo等々、Eric DolphyのHalf Note、Miles Davisの数え切れないライヴ作品、KeithのKoln Concert等々がこれほどまでに崇拝され、信奉され、尽きることなく語られることもなかったんじゃないか。
あるいは、さもなくば執拗なまでにオーディオに拘り、リード奏者の息遣いやピアニストの指の動きまでもをキャプチャしようとし、そうした音を極めているとされた爆音のジャズ喫茶の中で会話どころかリズムをとることも許されない雰囲気を生み出してまで"現場"で生まれていた"何か"追体験を希求することもなかったのではないかとも思う。
翻って我々が今耳にするオトは熱狂を、一体感を求めうるのかって、なんとなく頭の片隅でひっかかってしまう。踊ることを通して?
DJの多くは、特にJoe Clausselleなんかはそういうこと考えてDJやってそうな感じがしなくもないし、考えてなくても彼自身の熱狂をDJを通して息つくまもなく圧倒的に我々を熱狂に誘い込んでしまうだけの"何か"を持ってはいる。これは多くの人が認めることだと思うけど。
でも日本ってどうなのかな。オシャレだけど、レコード屋とフロアを眺めてるだけでも細分化と記号化(早い話が細かいジャンル分け)と差別化というかクラス化を起こし、非常に狭い分野でArtist>Creamskimmer>Bimbo>Listnerというhierarchyを生み出しているように思えてならないんだよね。
なんか、壁、壁、壁、壁。DJブースが霞んで見える。オトが直截的に語りかけてこない。楽しくない。
シーンとかムーヴメントとかイミとかそんかクサイことは関係ない、踊れりゃいいじゃん、というのがフツーなんだろうけど、じゃあなんだっていつになっても例えばDerrick MayのStrings Of Lifeに涙しちゃったり、Massive AttackのBlue Linesに輝きを見出すのか。
その瞬間は幾重もの疎外感を超えてるんじゃないのかな。やはり他の言葉にはならずに"We are here"と呟くしかない瞬間なんじゃないか。
逆にいえば、なぜDerrick Mayは音楽から一時期離れざるを得なかったのか。Ashley BeedleはBallistic Brothersであそこまで破壊と再構築をせねばならなかったのか。Cinematic OrchestraはなぜFontella Bassを起用せねばならなかったのか。
自分は自分が聴いているオトについてそういう疑問を避けて通ることができない。
だから半年沈黙したってのもある。無論他の理由が大きいけど。
そしてこの1枚に接したとき、なかんずく#4のTalk Without Lipsを耳にしたとき、自分は"I'm here"と想ったことを思い出し、そして"I was there"という拠り所を得もしたのかな、なぜだかはわからないが救われたと、そう想った。
どれだけ多くの人がそう想ったか、それが何の可能性であるかはわからないにしても、何らかの可能性として意味を帯びるハズ。
・・・な〜んて、そんなこと考えながら聴いててもぜんぜん面白くないので、純粋に没頭しましょう♪
(01/26/03, teddy)
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